« 「人気blogランキング」サーバトラブル? | Main | 事情によりこの記事は削除しました(3) »

Aug 17, 2007

朝青龍騒動の本質

朝青龍騒動の本質は少子化問題だ。


続きをご覧になりたい方は「続き」からどうぞ:

関連記事:朝青龍は横綱として適切か?(あるブログのコメント欄より)

人気blogランキングに参加しています。一押しで順位が上がります。よろしくお願いします!人気blogランキングへ
順位案内用

一見すると、スポーツである相撲と少子化が直接の関係を持っているようには見えないだろう。しかし、その深層構造は同じだ。

少し古いニュース(先月初め)になるが、日本相撲協会は本年度の新弟子検査で史上初、受検者“ゼロ”という事態に陥った。色々な理由が考えられだろうが、最大の要因はやはり「少子化」だ。

なぜそう断言できるかって?ニュースなどで知る限り、その悩む姿が少子化で悩む学校の姿と非常に良くに似ていると感じるからだ。

少子化が進んだ結果、専門学校・大学といった上級学校の競争率が下がり、誰でも希望すればどこかの大学に入学できるようになった。

本来であれば、一定水準以下の入学志願者は選抜試験でふるい落とすのが筋だが、どこの学校も「経営」という言葉に翻弄され、とにかく組織としての学校を維持することが先立ち、教育的使命に立ち返る余力がない。


このような環境は入学後の教育方針にも非常に深い影を落としている。ちょっと前(少なくとも私が学生のころ)であれば、一定水準の学力に満たない学生は容赦なくふるい落とされ「留年」させられた。たとえ就職先が決まっていて、その内定が取り消される事態になったとしても、容赦なかった。いつだったか忘れたが、ある私立大学が留年による大量の内定取り消し学生を生み新聞で報道されたこともあった。

しかし、近年は様子が違っている。

学校側は「貴重なお客様である学生をいかに辞めさせないか」ということに細心の注意を払っている。

留年を嫌う学生は、留年すると分かった時点で退学するなどの逃避的な反応を取りがちだ。そんな学生をあの手この手でちやほやと甘やかし、「勉強なんてどうでもいいんです、授業料さえ納めてくれれば!」と言わんばかりの好待遇で扱っているのだ。家庭訪問や保護者面接など日常茶飯事だ。それも小学校・中学校ではなく、専門学校・大学などでだ。

こういった傾向は「どこの学校が」ということではなく、日本全国の専門学校・大学などで見られる。

振り返って、日本相撲協会が朝青龍に対して取っている対応はどうだろうか?日本の国技たる相撲の伝統文化を守るということを考えたならば、たとえどんなに人気があろうとも「角界永久追放」ぐらいの厳しい処断を取ってしかるべき事態だと思う。今、相撲協会は花形スターで稼ぎ頭である朝青龍に依存するあまり、彼に厳しい対応を取れないのではないだろうか。ただでさえ少子化で相撲人口が減っているところにそんな処断を繰り返すと相撲協会の存続が危ぶまれるからだ。

日本の国技である相撲が真に存続に値するものであるならば、たとえ規模を縮小することとなってもよいから、その本質に立ち返った運営をするべきだろう。しかし残念ながら、現在の当事者にその能力があるとは到底信じられない。

以下、引用記事:


http://www.sankei.co.jp/sports/fight/070701/fgh070701000.htm
史上初、受検者“ゼロ” 大相撲の新弟子検査

 日本相撲協会は1日、大相撲名古屋場所(8日初日・愛知県体育館)の新弟子検査に応募者が1人もなく、2日に予定していた検査を中止したと発表した。相撲協会広報部によると、各場所前に行われる新弟子検査の受検者ゼロは史上初めて。「情けない」「寂しい限りだ」。関係者やファンからは、相撲人気の凋落(ちょうらく)を嘆く声が漏れた。

 力士を志す新弟子の数は、「若貴」ブームが去った平成10年ごろから減少傾向にあった。卒業や就職シーズンが重なる3月の春場所でも伸び悩みが続き、ここ8年は100人の大台に乗っていない。これまでの最少記録は、12年秋場所と昨年名古屋場所の1人。
 先月26日には、5月の夏場所で初土俵を踏んだばかりの時太山(本名・斉藤俊さん)がけいこ中に倒れ、17歳の若さで死亡。全身にあざや擦り傷、肋骨(ろっこつ)付近の軟骨骨折があり、死因は「多発外傷によるショックの可能性」とされた。
 初の受験者ゼロを受け、北の湖理事長(元横綱北の湖)は「名古屋場所はもともと(新弟子数が)少ない。希望者があってのことだから仕方がないだろう」と話した。
 相撲離れが進む中、各部屋の師匠はスカウト活動に苦戦している。
 中村親方(元関脇富士桜)は「スカウトはしているが、難しい状況にある。他の部屋も3月場所を目標に声をかけているが、それにしても寂しい限りだ」と嘆く。
 3年前の1月に独立し、早くも20人近い弟子を率いている錣山親方(元関脇寺尾)も「根気よくやっていくしかない」と話す。錣山部屋には6月、体格に恵まれた入門希望者が見学に訪れたが、けいこの厳しさを目の当たりにして取りやめたという。親方は「本当は今回の新弟子検査を受ける予定だった」と残念そうに話した。
 「時の流れだろう」。こう言い切るのは相撲ファンで作家の藤本義一さん。藤本さんは「国技とはいうものの、外国人力士が増えて国技ではなくなっている。野球やサッカーの影響もあり、少なくともこの20年ぐらいで相撲人気を支える根底は崩れた。悲しいし情けない」と話す。
 その上で藤本さんは「相撲は興行なのに、魅力的なものを生み出す力がなくなっている。相撲協会の中で、魅力的なものにするための発案・発言をする人がいないことが原因だ。人気を取り戻すのには時間がかかるだろう」と分析した。

■新弟子検査 日本相撲協会が行う力士志望者の検査。中学卒業から23歳までの男子が受検でき、体格や健康状態を調べ、合格すれば力士として登録される。受検者の減少で平成13年、毎本場所前に行う「第1検査」のほかに、毎年3、5、9月の3回行う「第2検査」が新設された。第1検査の基準は身長173センチ、体重75キロ以上だが、第2検査は身長167センチ、体重67キロ以上に門戸を広げ、体力検査が加えられた。(2007/07/02 01:32)


07.08.19(日)10:45追記:
参考記事:希望のない本「希望のニート」

※人気blogランキングに参加しています。このブログが面白いまたは役に立ったとお感じになった時に「人気blogランキングへ」をクリックしてください。お1人様1日1回までカウントされ、ランキングに反映されます。

|

« 「人気blogランキング」サーバトラブル? | Main | 事情によりこの記事は削除しました(3) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

Comments

こんばんは。コメントありがとうございます。

朝青龍に対する相撲協会の態度の裏には少子化問題というものが見え隠れするのは理解できますね。そしてきちっとした処罰が下せずにいる、ということもあり得るとは思います。

ただ、私のブログで書かせていただいたメンタルヘルス対応というのとは少し話がずれるかなと思います。

今、社会全体でメンタルヘルス問題が取りざたされています。これも少子化問題が根底にあるのかもしれませんが、企業等各団体はそれぞれメンタルヘルスへの対応を行いつつあります。しかし相撲協会は医師を含め、その態度が見えません。
社会全体から注目される団体の態度としてこれは許されるものではないと考えています。社会の模範となるべき団体なのですから。古い精神論だけをかざす時代ではないのです。その点も協会はわきまえて欲しいと思っています。
(私自身がメンタルで休職になって苦しんだのでこうした視点になっているということもありますが)

Posted by: Turtle | Aug 17, 2007 at 11:45 PM

Turtleさん、コメントありがとうございます。

私が提起した「少子化」は今回の騒動の大きな土台です。朝青龍の騒動は土台が揺らいでいることで生じた「小さな問題」だと思います。

実際、相撲界を冷静に見てみると、力士は外国人ばかりで国民の相撲人気も凋落の一途と「大きな問題」を抱えています。

朝青龍の件はマスコミ受けする分かりやすさゆえに話題にされただけで、私には瑣末な問題に見えます。

さて、Turtleさんのおっしゃるメンタルヘルスについても一言。

サラリーマンが労働者の権利としてメンタルヘルスを論ずるというのは理解できます。

また、相撲協会として力士たちのメンタルヘルスに管理責任があるということも、理解できる話です。

しかし、朝青龍のように角界のトップたる「横綱」の場合、求められる規範の高さを考えると「一労働者としての権利」が制限されても止むを得ない。

「一労働者としての権利」を主張してもいいけれど、その場合は横綱のタイトルを返上するとか、角界を引退して芸能活動に専念するとか、それなりの対応を取るべきでしょうね。

一般人と同じレベルでメンタルヘルス云々を議論するのはフェアではないように思います。

Posted by: 中村友一 | Aug 18, 2007 at 12:00 AM

すみません。どうしても理解して欲しいことがあって敢えてコメントさせていただきました。

横綱=「公人」というのは以前にも指摘されていたので理解はしています。
今回の件は朝青龍が横綱としての職責をまっとうしていないという点から発生した問題なので、その点を叱責されることは充分理解しています。論理的に責められれば処罰もある意味当然だと思っています。
ただ「公人」だから何をしてもよいのか、という点には若干疑問を持っています。
「公人」だからどこまでがOKなのか、という議論は結論が出ないと思いますので、そこは論争したくありません。

ただし、以下の点だけはどうしても理解して欲しいと思っています。
巡業部長がストレス障害という診断に対し『ストレスなら汗をかけば治る』と言ったそうですが、これは朝青龍の立場から言えば、メンタルの病気そのものを否定されたという認識になります。メンタル系の病気の人には決して言ってはいけない言葉なのです(普通は産業医が会社内役職に徹底するほどのものです)。大怪我をした人の傷口に塩をすり込みますか?それで怪我がなおりますか?巡業部長はそういった行為をしたのです。その点だけはメンタル系の病気で2年以上復職できていない私から見ると絶対に許せない言動でした。この一言が協会の体質を表しているとも思いました。そしてその後の協会の対応等は完全に朝青龍の退路を絶ったものになっています。つまり病んでいる精神をさらに悪化させるような追い詰め方をしているのです。だから何かおかしいのではと訴えているのです。病人を悪化させるほど追い詰めていいのかと。
「公人」だからいいのだと言うのであればそれまでです。

状況はまったく違いますが、自殺した農水大臣と同じような心境に陥ってしまった、と考えていただくとご理解いただけますでしょうか。
(公人として追い詰められ、辞職もできない、詳細な説明も上から止められている、と完全に退路を絶たれましたよね。結果が自殺です)

朝青龍にはまだ引退という退路も謹慎を守って今後努力するという道も残っていますが、なぜそうしなければならないのかという点を本人が理解していないのでしょう。それを理解・納得させるのが協会のやるべきことであり、退路を絶つ、ただ追い詰めるのはやるべき事ではないと思います。

長くなり申し訳ありません。メンタル系の病から回復しようとしている一個人として、メンタル系の病とはどういったものなのか理解して欲しくてこのようなコメントとなりました。ご無礼お許しくださいませ。

Posted by: Turtle | Aug 18, 2007 at 01:51 AM

Turtle さん、再度のコメントありがとうございます。

Turtle さんにせよ朝青龍にせよ、本当にメンタル系の病であるならば無理をせず治療に専念するのがよいと思います。

しかし、論点のすり替えを見逃すことはできません。以下、辛口のコメントですがご容赦ください。


本質は、

「少子化の波にもまれて日本の伝統文化(国技)である相撲の水準を下げていいのか?」

だと思います。横綱というタイトルは「メンタルな病」を全否定することで成り立つものです。横綱になるためにはどんなにつらい稽古でも「頑張って」耐え抜くというスポ根が求められます。

『ストレスなら汗をかけば治る』と言う相撲協会の発言が医学的に問題であることは間違いないのですが、「横綱」である朝青龍の場合、論点は「日本の伝統文化」であって「医学的判断」は本来無関係なのです。それらは相互に矛盾して当然です。議論の「土俵」が違います。女性が土俵に上がって表彰してはいけないという「人権問題」の議論が紛糾するのと同様でしょう。人権侵害だろうが、医学的に誤っていようが、それが日本の伝統文化なのです。

「そんな文化は間違っているから変えよう」という議論ならまだマシだと思いますが、現在そういう議論にすらなっていない。問題の表層だけが騒がれて誰も本質に迫っていない。私はそう考えています。


>朝青龍にはまだ引退という退路も謹慎を守って今後努力するという道も残っていますが、なぜそうしなければならないのかという点を本人が理解していないのでしょう。

本当に理解しているかどうか、本人(朝青龍)にしか分からないことです。


>それを理解・納得させるのが協会のやるべきことであり、退路を絶つ、ただ追い詰めるのはやるべき事ではないと思います。

管理責任には、ある一定の限度までは「理解・納得」させることが含まれますが、一線を越えてしまった場合は速やかに「退路を絶つ、ただ追い詰める」ことも含まれます。厳しい仕事ですが、それが管理責任です。

利権にまみれた日本相撲協会にこどこまでこの管理責任を遂行する能力があるか疑問ではありますが。


>状況はまったく違いますが、自殺した農水大臣と同じような心境に陥ってしまった、と考えていただくとご理解いただけますでしょうか。
>(公人として追い詰められ、辞職もできない、詳細な説明も上から止められている、と完全に退路を絶たれましたよね。結果が自殺です)

確かに、松岡さんの事件は「メンタル系の病」という切り口で共通する部分は多いと思います。また、真相がはっきりせずうかつなことが言えない、という点も似ている。


>長くなり申し訳ありません。

このブログは長文歓迎です。


>メンタル系の病から回復しようとしている一個人として、メンタル系の病とはどういったものなのか理解して欲しくてこのようなコメントとなりました。ご無礼お許しくださいませ。

私なりに理解しようと努力していますが、いまだに全てを理解することができません。難しい病ですね。

Posted by: 中村友一 | Aug 18, 2007 at 09:53 AM

まず、この記事の本論「相撲の水準を下げていいのか」に関しては”否”という点は同一の意見です。
そして水準を下げない意味でも朝青龍に断固たる処分を、という意見にも反対しません。

伝統も否定しません。本人にやる気があり、そこそこの体力(風邪とか、その程度の病気)ならば精神論をもって稽古をやらせる、その点にも異論はありません。そのくらいの気迫がないと本当の幕内力士になんてなれませんから。

ですから、ご意見に対して大方賛同します。
相撲界・朝青龍に対する厳しいご意見はごもっともです。
また、以前の私でしたらおそらくすんなり受け入れたでしょう。

ところが今の私はメンタルの病がどういったものかを身をもって理解しましたし、同様の病で苦しんでいる人ともブログを通じて交流しました。だから、今回のケースではどうしても病気になっている側の立場を主張したいのです。(でなければだれもメンタルの病気を理解してくれそうにありませんので)

 横綱なのだから心技体すべてにおいて優れていなければならない。だからメンタルの病気なんて、という意見も出るとは思います。本来はそのとおりなのでしょう。今回のケースに限れば、それは協会の甘やかし体勢が生んだ結末なのでしょう。相手は昔の子供ではなく現代っ子です。伝統を守るのであれば、守るための努力を協会側もする必要があります。その点はもっとしっかりして欲しいと思います。

 また協会のメンタルヘルスに対する無知・対応の悪さから、朝青龍の病状は悪化の一途をたどっています。(少なくとも報道される内容からはそのように判断できます)
場合によっては自殺なんてことにもなりかねません(うつは自殺の確率が非常に高いのです)。

仮に今の状態で治療に取り組んだとして、このままでは3場所の出場停止どころか、1~2年復帰できないというレベルまで協会が自ら追い込んでいるのです。1~2年稽古ができないくらいの精神状態になるのです。途中で稽古しようとしても、余計病気が悪化するだけでしかも癖になる。(メンタルの病気は1度なると中途半端な治療では2度3度と繰り返す可能性が高いのです)
メンタル的に回復してからはじめて稽古ができるようになりますからこうなれば事実上引退しかないでしょう。
病気の人間をさらに悪化させることが伝統の国技のやることではないと思います。重病の人間を鞭打ちしても鍛えるような非人道的なことが伝統ではないと思いますから。

 厳しい対応は構いません。でも、正しい対応をして欲しいと願っています。

Posted by: Turtle | Aug 19, 2007 at 12:42 AM

Turtle さん、度々コメントありがとうございます。

Turtle さんと私のメンタルヘルスに関する認識は、おそらく、あまり離れていないのではないかと感じます。しかし、今回のケースに関しては、やはりお互いの論点がずれているようです。

Turtle さんには全力でコメントしていただいたと感じました。変に気を使ってごまかすのは却って失礼になるかと思いますので、私も手を抜かず全力で返信させていただきます。またまた辛口になりますがご容赦下さい。


>病気の人間をさらに悪化させることが伝統の国技のやることではないと思います。重病の人間を鞭打ちしても鍛えるような非人道的なことが伝統ではないと思いますから。

相撲は本質的に「重病の人間を鞭打ちしても鍛える」ような非人道的な伝統文化です。病的な食事を強要し、肉体を尋常ならざるほど巨大化させ、さらに過酷な稽古を課すのです。このあたりから論点がずれているのではありませんか?そもそも相撲に「健康的」という状態を求めること自体が論点を外していると私は思います。

「伝統」はそれが生まれた時代のまま変化しないから伝統と呼ばれるのです。相撲の伝統が生まれた時代にはメンタルヘルスに関する知識はありませんでした。その伝統にメンタルヘルスに対する正しい対応を求めること自体が間違っています。

相撲協会は伝統を守るために「ある一線」を越えた時点で朝青龍を排除すべきだったのです。もっと早い時期に排除していれば、朝青龍が自ら変化していた可能性もあったかもしれない。結果としても残念なことだったと思います。


>厳しい対応は構いません。でも、正しい対応をして欲しいと願っています。

相撲協会にとって、唯一の「正しい対応」は、自らの限界を知り、朝青龍を医療機関の手へ強制的に引き渡すことです。議論の余地はありません。

しかし、少子化のあおりで大幅に少なくなった利権の「わずかな残り」にしがみつくあまり、本来やるべき事ができていない。これが私の考える問題の本質です。


Turtle さんの粘り強くかつ慎重な検討のおかげで私自身の理解や検討も深まりました。私と Turtle さんの立場や経験の差が、二人の視点の差となり、議論に深さを与えているように思います。


Turtle さんのおかげで気づいたことがあります。それは朝青龍騒動とニート問題が深い部分でつながっている、ということです。

ニート問題については、2年前にこのブログ上で「希望のニート」の書評記事を掲載したことがきっかけで何人かのブロガーを巻き込んで長い議論になりました。結果として、4本の関連記事と各々の記事に対する長大なコメントおよびトラック・バックが残りました。

もちろん、朝青龍とニート問題は直接の関係などないのですが、どうも議論に共通する部分を多く感じるのです。

記事本文の末尾に「参考記事」としてリンクしておきます。余裕のあるときにご参照下さい。

Posted by: 中村友一 | Aug 19, 2007 at 10:52 AM

> しかし、少子化のあおりで大幅に少なくなった
> 利権の「わずかな残り」にしがみつくあまり、
> 本来やるべき事ができていない。
> これが私の考える問題の本質です。

この点については理解しました。
以前のコメントにも書きましたが、基本的な部分はだいたい賛成・同意なんです。

あとは個人的な見解の微妙な差のようですね。

微妙な差は以下の点かなと思います。
「伝統」の考え方が微妙に違うなと感じます。
相撲が「非人道的」な伝統文化という点も違和感を感じます。

かなりの部分、意見共有はできたかと思うのですが、お互いの根底にある基本的な考え方が微妙に違うので、どうしてもすれ違ってしまうようですね。これは人それぞれの考え方の違いですし、論破して従わせるようなものでもないだろう、と思います。(論破する自信もまったくありませんし)
こういった考え方もあるのだ、と理解しました。

完全に一致しているのはいろんな意味で「相撲協会」しっかりしろよ!!というところでしょうか。


ニート問題は・・・、難しそうですね。多分わたしも同じような意見だろうと思います。でも最初は同じ道をたどっているようで、最後はきっと互いの経験からくる根本的な考え方の違いが表面化しそうです。

Posted by: Turtle | Aug 19, 2007 at 03:38 PM

>「伝統」の考え方が微妙に違うなと感じます。
>相撲が「非人道的」な伝統文化という点も違和感を感じます。

「非人道的」といっても程度問題ですからね。
「非人道的」で違和感があるとしても、相撲が現代人が考えるような「健康的なスポーツ」ものではないことは間違いないです。


>こういった考え方もあるのだ、と理解しました。

このくらい深く議論できれば上出来な方でしょう。


>完全に一致しているのはいろんな意味で「相撲協会」しっかりしろよ!!というところでしょうか。

それは日本中がそう思っているでしょう。


>ニート問題は・・・、難しそうですね。多分わたしも同じような意見だろうと思います。でも最初は同じ道をたどっているようで、最後はきっと互いの経験からくる根本的な考え方の違いが表面化しそうです。

いつか余裕があれば、ごゆっくり御読み下さい。

Posted by: 中村友一 | Aug 19, 2007 at 11:34 PM

ニート問題については、難しいのでじっくり読みたいと思います。この問題は掘り下げれば掘り下げるほどなにか出てきそうですからね。
もしよければそちらもコメントさせていただきます。

Posted by: Turtle | Aug 21, 2007 at 06:38 AM

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/50105/16145340

Listed below are links to weblogs that reference 朝青龍騒動の本質:

« 「人気blogランキング」サーバトラブル? | Main | 事情によりこの記事は削除しました(3) »