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June 2005

Jun 29, 2005

TechPRオリジナル「格言カード」

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いつのころからだろうか、私は、気に入った格言を紙に書いて机や壁に貼ったり持ち歩いたりしている。コンサルティングの場面で、このような格言の貼り紙が有用なケースもあった。

そこで、オリジナルの「格言カード」を作った。使いやすいよう、名刺サイズに印刷している。今後、種類を少しずつ増やしていく。自分自身で使いやすように作ったが、コンサルティングのツールに用いるつもりだ。また、大口の取引があるクライアントを中心に、要望があれば配布する予定だ。

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Jun 25, 2005

PCウィルスによる被害の復旧・診断・予防

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PCウィルスによる被害の復旧・診断・予防を開始しました。あちこち相談したけれど解決せず、大変困っている、という方のご相談をお待ちしております(詳細)。

「ウィルスにやられたみたいなんですが、、、」というご相談は以前から、多かった。人づてでやって来る相談の中でもダントツに多いのです。

他の相談もそうですが、これまでは基本的に「大口のお客様のご紹介がある方限定」で「無料」でやっておりました。しかし、「無料」対応した方がさらに他の方に紹介されてご相談なさるケースが多くなり、このところ、連続して相談が入るようになりました。ウィルスをめぐる環境が悪化しているということなのかもしれません。

あまりに件数が多いので、正式サービスにしました。高めの料金設定にしてあります。ここまでやれば、少しは相談件数が減るだろうか?

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Jun 20, 2005

ニートを社会的に助長するべきではない

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「ニート」は「ニート問題」であり、「希望のニート」といった言葉遊びにより、ニートを社会的に助長するべきではない。ニートは外国人労働者、もしくは海外の低賃金労働者と、熾烈な国際競争に勝ち残るため命がけで戦っている日本人労働者によって保護されたいびつな特権階級になっている。

この数日で上記のように思考が整理できた。これは私の記事にトラックバックおよびコメントをいただいた皆さんに負うところが大きい。心より感謝いたします。

※この記事は下記の関連記事の続きです:
希望のない本「希望のニート」
そもそもニートやフリーターは「問題」なんですか
誤解を与える表現「希望のニート」

※以下、この記事はdemianさんの記事Arbeit macht frei.に対するコメントです。本来demianさんにコメントすべきですが、長文となったため新規記事にしました。


まずは中村さん、私が半ば勢いで書いてしまったような文章にトラックバックを頂き有り難うございます。それからプロフィールの写真が渋過ぎます。思わずファンになりそうです。話がそれてしまいました。すみません。
demianさんを公認の「ファンクラブ」会長(会員No.1)に任命します。会員10万人突破記念にはdemianさんにハワイ旅行をプレゼントしましょう。ただし、本物はそんなに渋くないです、、、
それから最初にお詫びですが、自分でもあきれるほど話が長くなってしまいました。ニート、フリーター、ひきこもり、働くこと、などの問題は奥が深いのでつい長くなります。しかし、もし、ニートのことを真剣に問題とお考えでいらして、少しは時間を割くお気持ちがありましたら、少しずつでも読んで頂けますと幸いです。また、リンク先の記事や、前回の記事で紹介したような書籍をお読みになることもお勧め致します。
いえ、いいんですよ。長くなっても、読むほうの自由で適当に読み飛ばしますし。今回は日曜日で比較的時間を取れましたので、長文に対し、長文のコメントをお返しできました。平日だったらできなかったかもしれません。

しかし、


中村さんはニートの問題に関して真剣に憂いておられるのだと思いますので、まずはこの問題を考える際にお役に立ちそうな情報をご紹介してみます。きちんとお読み頂けますと幸いです。と、いいますかお手数だとは思いますがお読み頂かないと話が進められないのでした。お時間のある時にごゆっくりどうぞ。
についてですが、demianさんが示す文献を私(およびあとからこの記事を読む他の方)が全て読まないと議論にならない(学術的ですね)という表現は一考を要します。

リンクにより文献を示す場合、
1.リンクにより出典を明示し、トレース可能な状態に置くことにより正当性・正確性・公平性を保証
2.著作権を考慮すると引用しずらいのでリンク
3.読むと参考になる情報をリンク(あくまで「参考資料」なので読まなくても議論できる)
といった位置づけにし、本文中にはご自分の論点に合致する箇所を引用するか概要を示していただいた方がよいと思います。

いえ、実は私もよくやるんです。引用したり要約したり、面倒くさいですから、リンクを並べて「読め」とするのが楽チンです。しかし、貴重な時間を割いて議論を深めるためには、お互いの知見を少しづつ共有する方がお互い時間を節約できて効率的です。もちろん、状況にもよるでしょうが。

必要であれば私からもサーベランスすべき山のような参考文献を提示します、が、ニートに関する学術論文を書いているのではありませんから、そこまでやっても報われないでしょう。自分の読んだ大量の文献の追体験を求めるという手法は、相手を議論に打ち負かすためのテクニックとしては効果的かもしれませんが、今回、そういった議論をお望みではないと思います。

とはいえ、ご指摘の文献は一通り拝見しました。網羅的なコメントはできませんが、以下、概要のみ書いておきます:

荻野勝彦さんについては大変勉強になりました。戦後の就職に関する解説「キャリア辞典」も一通り読みましたが、興味深いものでした。後の議論で引用させていただいております。

ニートを生み出す社会構造は/社会学者立岩真也さんに聞く」は私もおおむね同意見です。フリーター・ニート・引きこもり、すべて「精神論」ではどうにもならないと思います。どうにもならない人がそういう状態になる、という方が正確かもしれません。これと正反対で、ちょっと過激な「ニート(NEET)対応策」があり、次のように提案しています:


本人と家族に事前通告の上、強制的に2〜3年間の自衛隊での生活と訓練(医食住無料、給与無し)をさせ、そこで精神と技能(特殊車両免許・機械整備・看護師免許等)を鍛えて、社会に送り出す、又は自衛隊に正規隊員として就職する、等の選択をさせるべきであります。
「バトルロワイヤル」を彷彿とさせます。実現すればニートは減るだろう(排除されるという意味で)けれど、現在の社会状況を考えると実施できるとは考えにくいですね。
なぜか、朝会社に行ったお父さんがほぼ定時に帰って来るのに通信分野などで世界をリードする国もあったりします。そこから何か学ぶことは出来ないのでしょうかね。
これ、100%マネジメントの問題です。会社の経営が素晴らしく、従業員も優秀、という恵まれた条件であり、実際に達成した企業の事例は非常に少ないと思います(だからニュースなどで紹介されると印象に残るのでしょうけれど)。でもきっと、その会社の別の部署の従業員もしくは取引先の別の会社に定時退社のしわ寄せが行っているだけだと思います。マネジメントの問題はあくまでマネジメントの問題であり、ニート問題と全く関連しないとはいいませんが、切り離して議論した方がよいように感じます。
これから日本は本格的な少子高齢化社会へ向かいます。私などはどんどん移民を受け入れて、税金を払ってくれるのならちゃんと社会保険などにも入ってもらって、参政権なんかも付与することが日本の活性化に重要だと考えます。
ところが移民はおろか難民の受け入れすらろくに行わず、不法滞在にならざるを得なかった人たち(多くは家族の幸せを願い真面目に働く労働者です)の受け入れにもまともに取り組まずにいるのが日本の現状です。ネットのブログなどでも外国人の受け入れなんてとんでもないと、さらには在日外国人(主に韓国系の人たち)に対してどうも追い出したそうな意見を目にします。この有様ではやはり少子高齢化は避けようが無く、労働人口の減少から国としての経済力の弱体化は免れません。
移民受け入れ、外国人参政権など、ローマ帝国の衰亡を連想させ、くらくらしてきます。「以前から解決されていない問題」の項で発言されている「ベーシック・インカム」は古代ローマでいう「穀物の無料配給」でしょうか。今の日本と通じるところが多いように感じます。結局、日本もこういった方向に突き進まざるを得ないのだとしたら、あまりに展望が見えないように感じます。

※古代ローマに関する資料:
レジャー施設は、古代ローマのコロシアムと同じ
ローマの歴史

古代ローマの「奴隷」は、現代では外国人労働者、もしくは海外の低賃金労働者に相当するでしょう。「市民権」のあるニート・フリーター・ひきこもりが許される若者は、実は特権階級に属しています。どんな事態になっても最後は日本政府がその基本的人権を保護する社会保障システムが(少なくとも法律上は)存在する「日本国民」です。

不法入国・不法滞在・不法就労の外国人に「ニートは希望があるから、いっしょにどうだ?」というのはあり得ないでしょう。また、「ニート・フリーター・ひきこもりになりたいので、日本国籍を下さい」という不法入国・不法滞在・不法就労の外国人がいても、「ニートには希望があるのだから、じゃんじゃか受け入れよう」とはならないでしょう。移民受け入れ・外国人参政権によって問題を先送りできたとしても、本質は変わらないような気がします。

今、この瞬間にも、不法入国・不法滞在・不法就労の外国人、そして海外の低賃金労働者が、ニートの基本的人権と快適な生活を支えるために黙々と働いているのでしょう。


かくなる上は、貧しくてもそれなりにみんなが楽しく暮らせる国を目指すことが重要になってくると思います。「勝ち組」のために多くの人が奴隷労働なんてぞっとします。
「貧しくてもそれなりにみんなが楽しく暮らせる国」………それは素晴らしい目標です。北欧の一部の国々は比較的成功したケースだと思いますが、「みんな」ということはないはずです。どこかに実現した国を具体的にご存知でしたらお教え下さい。

どこの国にも「貧しくてもそれなりに楽しく暮らせる」人々が存在するのは確かですが、国家全体でそのような状態を達成しているユートピア国家が存在しているかどうか、私は寡聞にも知りません。目標としては結構なのですが、「スタートレック」の時代になったとしてもあり得ないのではないでしょうか。それから「ジニ係数」ですが、「適切な範囲」というのを論じるのは大変難しいように思います。じわじわ上昇しているからいけない、ゼロを目指すべきだ、ということであれば、それは社会主義です。「貧しくてもそれなりにみんなが楽しく暮らせる国」という表現は、ひょっとすると、慎重に排除すべき「論理のすり替え」ではないでしょうか。揚げ足とりだったらごめんなさい。


以前から解決されていない問題
で、改めてなんのための競争?
すみません、この2項目、論点が長すぎるのでつっこみにくいのですが、社会保障云々は「社会主義か、資本主義か」という議論であり、ニート問題と論点が外れるようですのでコメントが困難です。日本企業が熾烈な国際競争を戦っている点、私にとって議論の余地はありません。これはおそらく、

A.最前線もしくは最前線が見える場所にいて、競争に勝つことを迫られているもしくは競争に勝つことの意味を理解している。
B.「国際競争って何?」というボケが許される安全な場所(銃後)にいる。

という立場の違いにより主張が変わるのだと思います。

かつて私が精神的に参っていたころ、最前線にいながら「なんのための競争?」と感じるような時期もありました。しかし、そう感じる人がいたとしても、競争を回避する風潮を助長する理由になるとは思えません。競争に勝つため、誰かが最前線に立たなければなりません。あるいは、外国人の労働者を「傭兵」として最前線に送り込むという選択肢もあります(インド人プログラマーなど)。しかし、やはり問題の先送りに過ぎないのではないかと思います(古代ローマの資料をご参照下さい)。

上記、A.B.の立場が違えばこの議論は平行線をたどります。ニートを「希望」とみるか「絶望」と見るかは、どんな立場から議論するかで決まるのかもしれません。

「生き残りをかけた競争」の「生き残り」とは、もちろん比喩ですが、残念ながら比喩でない場合もあります。詳しくお話できませんが、私が知っている限りでは、大手メーカーの最前線で戦っているエンジニアはニュースなどで公になるよりもずっと多い人数が心臓麻痺で死んだり精神的におかしくなって自殺したりしています。経営者の感覚は本当に「戦争」です。

「競争を止めれば?」「みんなスローライフで」と言うのはマリーアントワネットの「パンがなければケーキを食べればいいのに」と同様にナンセンスです。ニートが何百万・何千万になったとしても、誰かが命がけで戦わなければならないのです。この「命がけ」も、比喩であればいいのですが、残念ながら、完全な比喩に出来ないと思います。

あなたが見つめているパソコンの画面、クリックしたマウス、便利な電子・電気製品、自動車、その他あらゆるサービスの提供を受けられるのは、もしかしたらどこかの誰かが命がけの仕事で完成させた成果を享受しているものかもしれません。最新の医療を提供するために、医療従事者は命がけで働いています。それらの労働はニートがスローライフを楽しむために提供される場合もあり得ます。それはそれでいいとしても、社会全体としてニートを助長することだけは、どうしても納得できません。


例えば、この言葉をホームセンターの練炭売り場の前で自殺のために練炭を買おうとしている人に向かって発したとします。一体それがどれほどの説得力を持つのでしょう。その人は他でもない、こうした言葉によって自殺を考えるところまで追いつめられたのだとしたら。一度そのような具体的状況を想像してみることをお勧めします。
実は、私もこの例を全く反対の意味で引き合いに出したいと思っていました。

目の前の自殺者を救済するためには、自殺を思いとどまらせるカウンセリングなり社会復帰の支援なりが必要です。自殺志願者に「競争」の話をすべきだとは思いません。そしてそれらの支援も、上記と同様、命がけで働く誰かのサービスを享受する例として許容できます。しかし、繰り返しますが、だからといって社会全体としてニートを助長することを支持する事例とはなりえません。「誰かが命がけで戦わなければならない」という事実は動かせません。

demianさんは生物学がご専門とのことですので、生体には侵入者を撃退するシステムがあるのをご存知だと思います。「なんのための競争?」という発言は、免疫細胞が命がけでウィルスや細菌と戦って生体を守ってくれているのに、「何のために戦ってるの?」と問いかけるようなものだと思います。あるいはもしかしたら、発生の過程でアポトーシスにより消え去るべき組織に対し、「全体のために自分を犠牲にすることはないんだよ。パラサイトとして楽しく生きよう」と語りかけるようなものかもしれません。


むしろ社会を活性化することになるのは「多様な生」をとことん肯定することではないのかと私は薄々感じています。その中で強制によって生じるのではない形で発生してくる「自由な個々によるきずなのクラスター」のほうが力強く生き生きとしたものなのではないかと思います。
多様性云々は安易に引用されることが多く、非常に危うい論理だと私は常々感じています。

またまた生体の例で恐縮ですが、たとえば人間の体を構成する各器官、例えば免疫細胞が「あー、ばかばかしい。なんで俺は必至に侵入者と戦ってるんだ。やーめた」といった行動に出た場合、その人間は死んでしまうでしょう。喩えはあまりうまくないかもしれませんが、国家の場合も同じだと思います。国家としてのまとまりは一定限度で必要です。一定限度というとあいまいですが、ちょっと前に「カオスの淵」という表現で流行したことがあります。

まとまりすぎて全体主義に走ってもまずい、発散しすぎて国家として機能しなくなってもまずい、そのとき置かれた環境に応じて、柔軟にまとまり具合を変更できなければならない、ということになります。細い細い「淵」の上をバランスをとりながら進んでいく様子にたとえることができます。「多様化するか」「まとまるか」というのは単純な二択ではないと思います。今の日本は、現状の厳しい国際競争を勝ち抜くためには、あまりにも「まとまり」に欠けている、というのが私の見解です。


http://d.hatena.ne.jp/blackant/20050616(blackantさん)
その前に、汗水たらしてがつがつ働かなくても済む時代を作るのが昔の人の夢だったんじゃないですか? ニートはその具現化なのと違います? だいたい、多くの企業が「人件費削減のためにコンピューターを導入する」とか言って人減らしを推し進めたり、希望退職者を募ったりしているんだから、そんな世の中を見て働く気が失せる若者も多いんじゃないかと思う。

昔の人というのがどの時代を指すのかはっきりしませんが、「汗水たらしてがつがつ働かなくても済む時代を作る」という夢を誰が持っていたのでしょうか?この前提がはっきりしないため、これに続く文に対して反論することは困難です。
いらん道路や新幹線やミサイル作る前にやることがいくらでもあるだろう、と私も思います。
ニート問題と関連があるテーマかとは思いますし、確かに「やることはいくらでもある」のですが、少なくともそれが「ニートを社会的に助長する」こととは関係ないし、支持することにもならない、と思います。

改めて私の論点を繰り返します。誤解を与える表現「希望のニート」でも述べていますが、「希望のニート」が「ニートの若者を支援し、希望を持たせる」、という意味であればその主旨には賛成であるし、議論の価値もあると思います。しかし、「希望のニート」という言葉が独り歩きすると、「ニートには希望がある。みんなでニートを増やせ」と開き直ってしまい、社会全体が変な方向を目指すのではないかと危惧されてなりません。「フリーター」という言葉が生まれた状況に似ているようです。これに関しては、荻野勝彦さんの解説「フリーター」(1)に述べられていたので引用します:


とはいえ、バブル期に「フリーター」を「カッコいいもの」としてデザインしてしまったことの罪は軽くはないだろう。それはひょっとしたら、当時のわが国における「キャリア」への意識の低さ、未熟さを示しているのかもしれない。
「フリーター」をそのまま「ニート」にも当てはめてみると、「希望のニート」という位置づけがもてはやされてしまい、ニートの蔓延を助長することにつながるのではないか危惧されます。「ニート」はあくまでも「ニート問題」です。「希望のニート」という表現は「1984年」に出てくるスローガン(「戦争は平和だ」「自由は屈従である」「無知は力である」)と同類です。私は「ニート」ではなく「ニート問題」という使い方で広まって欲しいと思っています。

私は、インターネットを使った言葉遊びを望んで長々議論しているのではありません。何らかの直接的な答えを欲しています。すぐに答えが出ないとしても、どうすれば少しでも希望を見出せるのか、展望が開けるのか、と考えています。しかし、まだ私にはその答えが分かりません。

「自分の子供がこの先、日本で安心して暮らしていけるか」とか、「どうすればこの学生は社会に適応できるようになるだろうか」といった立場に立つと、切実です。「希望のニート」というのは言葉遊びであり、私にとって役に立つ答えではありません。ニートというものが望ましくない状態だ、という点について、感覚が麻痺し、その存在を肯定的に捉える雰囲気、肯定的に論じられる風潮をなんとかしたい、と強く感じています。だからこそ、ここまで長文のコメントになってしまったのだと思います。


※どーでもいい感想ですが、はてなのブログはキーワードリンクが多くて読みにくいですね。長文のコメントを作成するため、一度テキストエディタにコピーした上で、本文を読んだり編集したりしました。

Google検索「希望のニート」で「希望のない本「希望のニート」」が2位にランクされており(05.06.19現在)、しかるべき社会的責任を感じます。そこで二神氏のNPO活動について補足をしておきますが、私は「希望のニート」に対して否定的な立場で書評を書いているのであり、ニート・ひきこもりの若者を社会復帰させる活動とその成果は高く評価すべきだと感じております。私の記事をお読みになる方はこの点を混同されないようお願いいたします。

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Jun 18, 2005

人気blogランキングに参加

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人気blogランキングに参加した。「日記・雑談(その他) 」にエントリー。右側ナビゲーションにリンク「人気blogランキングへ」を設定している。

システムの概要をかいつまんで言うと、訪問者がこのブログ上のリンクをクリックするとINポイントが、運営サイトにあるランキング表からこのブログがクリックされるとOUTポイントが、各々10ポイントづつ加算される。ただし、同一IPからのアクセスは一日1回だけ有効。毎週の集計結果で順位が決まる毎日のアクセス件数と毎週の累計ポイトをリアルタイム集計し30分ごとに順位が変わる(05.06.19訂正)。1000位以下はランキング表に表示されない。

Googleとまた違った意味がある。どこまでランキングが上がるか楽しみだ。

※05.06.19(日)追記:
ランキングへの参加は「参加だけして何もしないで、どのくらいのランキングになるか」「Google検索のランキングへの影響はどのくらいあるか」を調べる実験のつもりです。「ぽっちとな〜!」「押してね」「クリックしてくれるとうれしいです」等の誘い文句を打つつもりはありません。今日現在、700位台をふらふらしいます:
ランキング情報[更新日時:2005/06/19 15:00]
 順位:第778位、週間IN:20、週間OUT:10、月間IN: 20
 (上記は自分がテストでクリックしたポイントだけです)

※07.07.02(月)追記:
ランキングを上げられるか挑戦することにした。詳細は「人気blogランキングに参加してたなぁ、、、」)に記載。

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誤解を与える表現「希望のニート」

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※この記事は、私の希望のない本「希望のニート」に対するdemianさんのトラックバック記事に対応するトラックバック記事として作成したものです。

私は、学校教育・会社経営の問題として、すなわち、天下国家・雇用問題として、教える側・経営する側の問題としてニートを捉えている。そして、自分自身の思考を整理し、答えを求める目的で議論をしている。ニートを減らす(「ニートを排除する」ではない)にはどうすればよいか、と。

一方、demian氏は下記のように論じている:


いったい何のためにやりがいのない低賃金の労働をさせられ、安く使い捨てられ、サーヴィス残業をさせられるのか。睡眠時間を減らし生活習慣病やうつ病をわずらい、自殺まで考えながら、なぜ「競争」をせねばならないのか。それがそれほどまでに実りのあることなのか。
生き残って競争を勝ち抜けば間違いなく「実り」はある。脱落した人々に対して、それなりの社会保障が施され、再起のチャンスも与えら得る。しかし、みんなが脱落すれば日本という国家が国際社会における競争に敗れ、社会保障も、再起のチャンスも、少なくなるだろう。

高度成長期の日本には、「戦後の焼け野原で明日の食べもにも困る。少しでも早く国際競争力を高め、経済的に豊かになろう」、といった大きな国家的なビジョンを共有できる仕組みがあった。しかし、現在の日本には、そういった大きなビジョンを共有できる仕組みが欠けている。

本質的な問題は、日本が国としてのまとまりを失いつつある、という点なのではないだろうか。若者がニートに希望を見出さなければならないような国家に、希望などない。

「ニートの若者を支援し、希望を持たせる」、という意味であれば議論の価値があると思う。

「希望のニート」というのは、単に誤解を与えて本の売り上げを伸ばすPR表現なのではないだろうか。

もう一度、強調したい。ニートに希望なんかない。

※06.01.28 追記(ニート関連記事のリスト):
  ・希望のない本「希望のニート」
  ・そもそもニートやフリーターは「問題」なんですか
  ・誤解を与える表現「希望のニート」
  ・ニートを社会的に助長するべきではない

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Jun 16, 2005

そもそもニートやフリーターは「問題」なんですか

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※この記事は本来、逍遥游さんのブログ逍遥的書評に対するコメントとして作成しましたが、先方システムの字数制限(2000文字以内)により投稿できなかったためこちらに誘導しています。「希望のない本「希望のニート」」の続きです。逍遥游さんの「そもそもニートやフリーターは「問題」なんですか」という感覚に対する衝撃が大きかったため、さらに議論をしています。


逍遥游さんのおっしゃるように、逍遥游さんと私の出発点・帰結点は異なっているようです。逍遥游さんの論旨は弱者保護、少数意見、多様性の視点からで、二神氏の主張する50%パラサイトに近いように思います。おそらく、本の主旨にも同意されることと思います。私が展開している主張は日本や国際社会の行く末、少子高齢化、人口問題、雇用問題といった大局的な視点からです。かみ合ってないですね。

現代日本というのはニート醸造樽にどっぷりつかって発酵中ではないだろうか、とさえ感じることがあります。全ての問題は繋がっています。ニートの「問題」はそれ単独で論じる限り出口は見えず、開き直ってしまうしかない。

「働き蜂は働かない5とか10の蜂がいて初めて全体で「働き蜂」」というのは生物が持つ多様性ですが、正規分布のトリックでもあります。働き蜂と同じことは、確かに人間社会でもある場面で起こります。あらゆる集団は一定数のエリート、一定数の平均、一定数のニート・落ちこぼれを生み出すことになります。成績優秀者だけが入学する進学高校でも、入学してしばらくたつと正規分布に従ってエリートから落ちこぼれまでまんべんなく生じるそうです。

問題は、その分布が広がってしまい(標準偏差が大きくなる)、二極化したり、社会全体のアウトプット(生産性)が大幅に落ち込んだりしてしまうことでしょう。働き蜂に喩えると、働かない蜂が5とか10ではなく、20、30、とどんどん増えて行くと、全体として「働き蜂」としての機能が低くなり、やがてある時点から機能しなくなり、組織が崩壊することになります。

ニートという存在はいつの時代にもいただろうと思います。しかし、現在の日本ではその数が「問題に感じない」くらい多くなってしまった。私は、このこと自体が問題だと思います。日本の国際競争力が取り返しのつかないほど低下するのではないか、危惧されます。

また、ニートのようにその人が持っている力を活かせない状態は本当に「問題」ではないのか、本当に幸せな人生なのでしょうか。

こんなことは「余計なお世話」ということになるのでしょう。あくまで個人の視点から論ずる限りは哲学・宗教の問題かもしれない。

私の住む地域の周辺に、「生活保護を受けて何が悪いの?」という人がたくさんいる地域があります。こういった感覚も私とっては衝撃的でした。しかし、長く住んでいると次第に感覚が麻痺しそうで怖い。ニートについても、数が多くなると感覚が麻痺してしまうのではないかと思います。

やはり大局的視点から論じてしまいました。これでは平行線でしょうか。この件について、私自身、まだ思考の整理がついていません。とても大きな問題です。

※06.01.28 追記(ニート関連記事のリスト):
  ・希望のない本「希望のニート」
  ・そもそもニートやフリーターは「問題」なんですか
  ・誤解を与える表現「希望のニート」
  ・ニートを社会的に助長するべきではない

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Jun 12, 2005

希望のない本「希望のニート」

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二神能基さんの「希望のニート」読了。タイトルとは反対の、全く希望のない本だった。最近、授業などで、ニート予備軍と思われる「やる気のない若者」と接することが多く、なんとかならないものか、と常々考えていた。だからこそ、「希望のニート」というタイトルに「希望」を求めて購入した。しかし希望などなかった。少なくとも、私の立場で必要とされる答えはなかった。

「希望のニート」の主旨は、「ニートは働く意欲のない若者」と捉える風潮に一石を投じ、彼らを日本社会の大きな構造変化の過程で生み出された純真な若者と位置づけ、その構造変化を前提に、日本人がもっとスローペースで働ける緩やかな社会を目指そうといった論理だ。二神氏がNPO事業を展開するイタリアが先進国であり、イタリアをモデルにしている。この発想、SMAPの世界に一つだけの花や森永卓郎さんの年収300万と同じだ。

二神氏が持っているニートに対する情報量は多く、分析も正確である。二神氏の立場から最善と思われる社会的な提案もなされており、大変有益だと思う。また、二神氏の主催するNPO法人「ニュースタート」はニートや引きこもりの社会復帰を行っているそうで、活動は立派で賞賛に値すると思う。それ自体を否定するつもりはもちろんない。

しかし、二神氏の論調は開き直り、あきらめが前提となっており、哲学的・宗教的な解決であり、「その場しのぎ」であり、根本的な問題解決にはならない。日本という国家全体で考えた場合、厳しい国際競争にさらされている現状を見ず、「ニートでもなんとかなるさ」という状態で、本当になんとかなるのだろうか?現在の日本では、引きこもり、ニート、フリーターといった若者(さらには中年)がすでに特殊ではなく、社会の中で大きな層を形成している。そして、この状況は短期間で解消される見込みがないどころか、これから拡大し、固定化する。日本は希望のない時代に突入してしまったのだろうか。

※05.06.14(火)追記:この記事については、逍遥游さんのブログ逍遥的書評にトラックバック・コメントし、関連の議論を行っています。

※05.06.19(日)追記:その後に追加された下記の関連記事もご参照下さい:
そもそもニートやフリーターは「問題」なんですか
誤解を与える表現「希望のニート」
※05.06.20(月)追記:下記の関連記事もご参照下さい:
ニートを社会的に助長するべきではない
※05.07.16(土)追記:下記の関連記事もご参照下さい:
これがうわさのGoogle八分?

07.08.19(日)10:44追記:
参考記事:朝青龍騒動の本質

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Jun 09, 2005

デザインとは何か?

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今日の午後、戸畑で開催された北九州テクノサポートの通常総会にて、九州大学・森田昌嗣教授の講演「産学連携におけるデザイン活用」を聴いた。森田先生はパブリックデザイン・都市環境設計が専門で、産業におけるデザインのあり方を、グッドデザインやユニバーサルデザインなどの具体的事例を数多く列挙しながら解説し、大変興味深かった。

D.A.ノーマンの「技術の必要水準」なども出てきた。久々に「誰のためのデザイン?」を読み直してみたくなった。

講演時間の最後、質問の機会があったので、私が「デザイン」について常々疑問に感じていたことを質問した。以下、質問時のおおよそのやり取りを思い出しながら書いてみた:

私:
「日本語の『設計』を英訳すると『デザイン』ですが、森田先生のお話では教育システム・テレビ番組・リサイクルシステムなど、およそ人の営みすべてがデザインの事例になっており、なんでもありです。日本人と欧米人ではあきらかにデザインの概念が異なっているように思うのですが、森田先生の定義で、デザインとは何か、一言で説明するとどうなるでしょうか」

森田先生:
「デザインとは、物事を作り上げる構想から着地までの全てのプロセスであり、そのプロセスの見えない部分を可視化すること。欧米では政治システムもデザインするという。日本におけるデザインは色と形だけであり、その昔、欧米からデザインの概念が入った時、誤ってデザインの手段の一部だけを捉えてデザインの全てとしてしまった」

以上、詳細な表現は違っているが、だいたいこんな主旨だった。日本語では「デザイン」という単語の使われ方が大変混乱しており、すっきりしないなぁと常々感じていた。質問して少し気が晴れたが、日本語としての使われ方が欧米の概念と一致する日は来るのだろうか。まだまだ気が晴れない。

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Jun 04, 2005

「ぐるんぱのようちえん」なぞの青いシマウマ

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今朝、久しぶりに、子供たちに絵本「ぐるんぱのようちえん」を読み聞かせした。この「ぐるんぱのようちえん」を見るといつも長女に質問されて困ることがある。ぐるんぱをジャングルから見送る場面に出てくる青い動物(下の写真)はなんだ、というものだ。多分シマウマだと思うのだが、素直な子供は「青いからシマウマじゃない」と反論する。

なるほど、、、

(以下の写真は「ぐるんぱのようちえん」より、該当部分を携帯電話のデジカメ機能で撮影、著作権法の例外の範囲にて引用)「ぐるんぱのようちえん」なぞの青いシマウマ
シマウマについて調べてみたが、「青いシマウマ」という動物が実在するわけではないようだ。作画した堀内誠一氏による独創イメージと考えられる。アフリカの青い空が映えて白黒のシマウマが青くなったのだろうか?大人が見ても気づかないが、子供は素直に気づき、大人は慌てる。

シマウマ以外の動物という可能性も調べてみた。シマウマにしては首が長いような気がするのでキリンかもしれないと感じる。長女も最初はそう言った。しかし、その隣にはもっと首が長く黄色い動物が居てあきらかにキリンである。これがキリンだとすると、やはりなぞの動物はキリンではない。黄色いならキリンの子供だが、そうではない。すなわち、

1.縦じまが入っている(隣に描かれているキリンは水玉模様)
2.隣に描かれているキリンより首が短い
  →なぞの動物:21.5mm キリン:50.5mm
    首の付け根から足の付け根までの長さ。
    絵本上を定規で測定。

といった点から、明らかにキリンではなく、当然キリンの子供でもない。

気になるのは尻尾の付き方だ。シマウマなら尻尾は下に垂れてついているが、なぞの動物は水平に持ち上がっている。駆けている状態であれば風圧で水平になることも考えられるが、この場面では静止状態で見送っているので違う。こんな動物は見たことがない。もしかして、シマウマもどきの想像上の動物だろうか?

まだまだ疑問はある。なぜこの場面にはキリンと「シマウマ」が登場するのだろうか。ゾウの仲間が見送る場面なのに、脈絡もなく突然現れる。しかも、カバ、マンドリル、ガゼル、ダチョウなど、動物はいくらでもいるのに、よりによってなぜキリンとシマウマだけなのか?単なる野次馬か?それとも何らかの因縁があるのか?別の絵本で明らかにする予定で構想があって、その時間がなかったのか?

作画の堀内氏がご存命ならば出版社に問い合わせてみようかと考えたが、大変残念ながら氏は1987年にお亡くなりになっていた。なぞの青いシマウマは一体なんなのか?その真意は不明である。

出典:
堀内誠一(絵)・西内ミナミ(文):「ぐるんぱのようちえん」、福音館書店、1996.
ISBN 4-8340-0083-4

※「ぐるんぱのようちえん」なぞの青いシマウマの正体について、3歳の娘が納得するような情報をお持ちの方、何かお気づきの方はご連絡下さい。
※私が幼稚園のときにはじめて買ってもらった絵本だ。この「ぐるんぱのようちえん」は親子二代に渡って読み聞かせすることになる。大変感慨深い。

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Jun 03, 2005

カーナビはコンピュータか?

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トヨタ自動車の副会長がさっきNHKラジオに出演し、ITSについて語っていた。18時のニュースの後の番組だ。例により、移動中の車内で聴いていた。その副会長さんが自動車向け情報提供サービス「G-BOOK」の話題のときにひっかかることを言った。

  「ナビはコンピューターみたいなものですから」

技術的には、カーナビは完全にコンピュータだと思うが、、、汎用パソコンのようにワードやエクセルが起動しないというレベルでは確かに、一般ユーザーが「コンピューターではない」と感じても仕方ないのだろうか(WindowsCE搭載でワード・エクセルが動くナビもあるが)。こういう議論、その昔、よくやった。

もう少し視点を広げてみよう。

 携帯電話はコンピュータか?
 電子レジはコンピュータか?
 エアコンはコンピュータか?
 冷蔵庫はコンピュータか?
 炊飯器はコンピュータか?
 テレビはコンピュータか?
 ・・・・・

技術的には、演算装置を含むコンピュータの5大要素で構成されていれば全て、ノイマン型コンピュータだ(定義どおり)。だから私は上記の例は全て間違いなくコンピュータだと思うが、、、、皆さんはどうお考えだろうか?

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Jun 02, 2005

迷惑FAX

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昨日から高熱を出して寝込んでいる。まだ熱が続いているが、今日の午後なんとか起き上がってメールの返事などを書いていた。電話が鳴ったので取ったところFAXだった。

うちの電話回線はTELとFAXで番号を分けているので、FAXと間違えてTELに掛かってくるFAXはよくある。あわてず騒がず一旦切った。普通、自動再発信で5分後くらいにもう一度かかるので、その間に電話線をFAXとTELで入れ替えて待機する。

4分後、FAXが来た。迷惑FAXだった。しかも「東証一部」の企業からだった。

普段はどうとでもないと受け流すが、今日は体調最悪で機嫌が悪いので徹底的に書いてみようと思う。

その迷惑FAXは「株式会社ナック(東証一部)チェーン本部」からだ。掛かってきた番号に折り返しすると、「掛けて欲しくない人は番号を録音せよ」とのテープ音声。ここに来て怒り心頭だ。望んでもないファックスを勝手にかけておいて、いやなら録音せよ?という、迷惑千万な営業手法にである。

ホームページもあった。書いてある経営理念が面白い。いわく、
−−−−−−−−−−引用ここから−−−−−−−−−−
経営理念
 企業は損得に非ず
 常に善の道を歩み
 広く社会に貢献する為
 発展成長を第一義とすべし
● 会社の成長と共に個々の能力を伸ばし以て人格の向上を図るべし
● 商いを通じて人と仲良くなり、「お客様」 「取引先」「社会の人々」に対しては 以て報恩感謝を思うべし
● 「生き甲斐産業」の精神に立脚し 以てその追求を致すべし
合掌
−−−−−−−−−−引用ここまで−−−−−−−−−−
(改行位置変更)

弱小企業やいかがわしい悪徳商法ならともかく、「東証一部」で、かつ、こんなご立派な経営理念を掲げて迷惑FAXを送りつけてくる体質にはむかついた。

熱が少し高くなってきた。


※ISDNルータのログから上記迷惑FAXの着信データを抜粋する。
1回目(TEL回線に着信したため一旦切った):
 日付 2005/06/02
 時刻 17:02:20
 通信時間 00:00:12
 通信相手 0471518631
2回目(TELとFAXの回線を入れ替えてFAX受信):
 日付 2005/06/02
 時刻 17:06:05
 通信時間 00:00:51
 通信相手  0471518632

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